1840年代から1850年代にかけてアメリカ合衆国へ移住した人々の大多数は、ドイツ人とアイルランド人でした。この時期に両国から移住者が急増した背景には、それぞれ深刻な政治的・経済的な要因がありました。
ドイツからの移民が増えた理由
ドイツからの移民を押し上げたのは、以下のような複数の要因です。
- 1848年革命の失敗: 自由主義的・民主的な改革を求めた革命が挫折し、多くの人々が弾圧を恐れて国外へ脱出しました。
- 経済の低迷: 職を失う人が相次ぎ、安定した暮らしを求めて移住を選ぶ人が増えました。
- 宗教的・政治的抑圧: 信仰や思想の自由が制限され、新しい環境を求める動きが広まりました。
- 農作物の不作: 歉作が農村部の生活を直撃し、土地を手放して海を渡る農民が続出しました。
- 機会への期待: アメリカでは安価な土地を入手でき、農業や自営業で成功できる可能性があると信じられていました。
こうした移民の多くは中西部、特にウィスコンシン州やミズーリ州などに入植し、独自のコミュニティを築き上げていきました。
アイルランドからの移民
一方、アイルランドからの移民を決定づけたのは、ジャガイモ飢饉(1845〜1852年)という悲劇でした。
- ジャガイモの疫病により、主食であるジャガイモが壊滅的な被害を受けました。
- 飢餓とそれに伴う病気で、推計100万人以上が命を落としました。
- さらに100万人以上が生き延びるために故郷を離れ、その大多数がアメリカを目指しました。
貧しい中で渡航したアイルランド移民の多くは、ボストンやニューヨークといった東海岸の都市に定住し、建設業や港湾労働などに従事しました。彼らの子孫はやがてアメリカ社会において大きな存在感を持つようになります。
まとめ
1840〜1850年代のアメリカ移民の大多数を占めたのはドイツ人とアイルランド人です。ドイツ人は革命の失敗や経済的・宗教的な抑圧を逃れて自由と機会を求め、アイルランド人は壊滅的なジャガイモ飢饉から生き延びるために海を渡りました。両者の大規模な移住は、19世紀アメリカの人口構成や文化に深い足跡を残すこととなりました。