第一次世界大戦の休戦後、アメリカ合衆国では孤立主義(アイソレーショニズム)が急速に強まりました。その背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
戦争疲労
第一次世界大戦はヨーロッパに壊滅的な打撃を与え、広範囲にわたる破壊と多大な人命損失をもたらしました。アメリカ国民は戦争に深く疲弊しており、今後の紛争を何としても回避したいと強く望んでいました。国際問題に関与するよりも、国内問題や経済復興に集中したいという世論が広く浸透したのです。
国際連盟への失望
アメリカは、平和の促進と将来の戦争防止を目指す国際組織「国際連盟」の設立において主導的な役割を果たしました。しかし、上院は連盟を設立するヴェルサイユ条約の批准を拒否します。その理由は、外国の紛争にアメリカが巻き込まれることを懸念したためでした。この批准拒否は、孤立主義的な感情を一層強める結果となりました。
ナショナリズムの台頭
戦後、アメリカ全土でナショナリズムの波が押し寄せました。アメリカ人は自国が戦争で果たした役割を誇りに思い、他国の問題よりも自国の国益を優先しようと考えました。こうした内向きの視点は、孤立主義的な傾向をさらに強化することになりました。
経済ナショナリズム
多くのアメリカ人は、海外との複雑な関係に巻き込まれるよりも、自国の経済的利益を守るべきだと考えていました。ヨーロッパ諸国との経済競争を懸念し、国内経済の発展に注力したいという思いがあったのです。この経済ナショナリズムもまた、孤立主義を後押しする重要な要因となりました。
議会の抵抗
両大戦間期には、議会においても孤立主義的な感情が強く根付いていました。多くの議員が国際協力に反対し、アメリカの国際問題への関与を促す取り組みに対して抵抗を示しました。この議会の抵抗こそが、孤立主義政策を支える基盤となったのです。
まとめ
これらの要因が重なり合った結果、アメリカは両大戦間期を通じて孤立主義的な外交政策を採用し、ヨーロッパの情勢やその他の国際紛争からあえて距離を置く道を選びました。この姿勢は、やがて第二次世界大戦の勃発まで続くことになります。