アパラチア山脈――建国初期アメリカの「西の境界線」
アメリカ建国当初の13植民地の西側境界を形成していたのは、アパラチア山脈(Appalachian Mountains)です。
当初の13植民地は北米大陸の大西洋沿岸に沿って成立しました。その西側には南北に長く連なるアパラチア山脈がそびえ立ち、天然の障壁として人々の西方への拡張を長らく阻んでいたのです。
初期の開拓者にとっての大きな壁
アパラチア山脈は、初期の入植者たちにとって重大な障害物でした。オハイオ川流域やさらにその先の土地へ進出するためには、山を越えられる峠を探し当てるか、新たに道路を切り開く必要がありました。この地理的な壁が、植民地の西部への発展を大きく左右することになったのです。
アメリカ独立戦争における役割
さらに、アパラチア山脈はアメリカ独立戦争においても重要な役割を果たしました。山脈は植民地側にとってイギリス軍の攻撃から身を守るための天然の防御屏障として機能し、戦略的な意味でも大きな存在でした。