北米の歴史

ピューリタンが北米に築こうとした理想の植民地とは?――ニューイングランド・モデルの宗教的・社会的秩序

17世紀に新大陸へ渡ったピューリタンたちが目指したのは、単なる移住先ではなく、「丘の上の町」とも称される模範的なキリスト教共同体の建設でした。彼らが北アメリカ、とりわけニューイングランド地方に作ろうとした宗教的・社会的・政治的秩序は、以下のような特徴を持っていました。

神との契約(カヴェナント)を基盤とした社会

この社会モデルの中核にあったのは、神との間に結ぶ「契約(カヴェナント)」という考え方です。共同体全体が神と契約を交わしているという認識のもと、個人に対しては義務感・規律・勤勉さが厳しく求められました。怠惰や享楽は神への背きとみなされ、誠実な労働こそが信仰の証であると考えられていたのです。

男性エリートによる会衆派の統治

政治と教会の運営は、男性の会衆派(会衆主義)平信徒と聖職者からなるエリート層が担いました。一般信徒が自ら教会を管理する会衆主義の伝統は、のちにニューイングランドの自治の精神へと発展していきますが、当時の決定権限は成人男性のごく一部に限られ、女性や非教会員には政治参加の道が閉ざされていました。

「目に見える聖徒(ビジブル・セインツ)」の思想

ピューリタン教会を特徴づけたのが、「目に見える聖徒(visible saints)」という信念です。これは、回心の体験を通じて「恵み(グレース)」を受けたことが周囲から確認できた者のみを教会員として認めるというものです。

教会員資格を持つ者だけが完全な市民権を与えられ、投票権や公職に就く権利もこれに付随しました。つまり、宗教的な資格がそのまま市民としての地位を左右する社会だったのです。

共同体の調和と均質性の重視

ピューリタンたちは共同体の調和を何よりも重視し、多様性や個人の独自性をむしろ警戒していました。主流から外れた思想や信仰は秩序を脅かすものとみなされ、ロジャー・ウィリアムズやアン・ハッチンソンのように受け入れがたいと判断された者は、追放されることさえあったのです。

こうしてピューリタンたちが構想したのは、信仰と政治が一体となった、規律ある神政的な理想郷でした。その理念は厳格で排他的な面を持ちながらも、アメリカにおける自治・教育・勤労の伝統の源流の一つとなっていきました。