チェロキー族(Cherokee)は、イロコイ語族に属する言語を話すネイティブ・アメリカンの民族です。もともとは現在のアメリカ合衆国南東部に位置する森林地帯(Southeastern Woodlands)を主な生活圏としていました。
かつてのチェロキー族の領域
チェロキー族の伝統的な領土は、現在のジョージア州を中心とし、以下の地域にまで広がっていました。
- アラバマ州
- ノースカロライナ州
- サウスカロライナ州
- ケンタッキー州
- テネシー州
- バージニア州(一部)
豊かな自然に恵まれたこれらの土地で、チェロキー族は独自の文化と言語、社会制度を発展させてきました。
土地の喪失と強制移住——「涙の道」
しかし、19世紀に入るとヨーロッパ系入植者による土地への圧力が強まり、1830年に成立したインディアン移住法(Indian Removal Act)により、チェロキー族は故郷の土地を奪われることになりました。
1838年から1839年にかけて、チェロキー族の大多数は現在のオクラホマ州へと強制的に移住させられました。この過酷な旅路では、飢えや病気、過労などにより数千人が命を落とし、「涙の道(Trail of Tears)」として歴史に刻まれています。
チェロキー族とカンザス州の関係
ここで本題の疑問に対して答えると、チェロキー族はカンザス州に大規模に定住することはありませんでした。
強制移住の過程で、一部のチェロキー族がカンザス州東部を経由したり、一時的に滞在したりすることはありましたが、あくまで通過地点にとどまり、恒久的な居住地とはなりませんでした。チェロキー・ネーション(チェロキー族の自治組織)の中心的な定住地は、終始オクラホマ州に置かれています。
まとめ
チェロキー族はもともとジョージア州を中心とした南東部に住んでいた民族であり、1800年代半ばの時点で彼らの主要な居住地は強制移住後のオクラホマ州でした。カンザス州付近に大規模に住んでいたという事実はなく、同州は移住の経路として関わった程度にとどまります。