オセアニアの歴史

第一艦隊の護衛艦はどの船?HMS シリウスとHMS サプライの役割

1787年5月にイギリスのポーツマスを出発し、オーストラリア最初の流刑植民地を建設するために派遣された「第一艦隊(ファースト・フリート)」。この歴史的な船団の海軍護衛を務めたのは、HMS シリウス(HMS Sirius)とHMS サプライ(HMS Supply)の2隻です。

HMS シリウス――第一艦隊の旗艦

HMS シリウスは、商船「バーウィック(Berwick)」として建造された船を1780年にイギリス海軍が購入し、多数の砲を備えた武装船へと改装したものです。アメリカ独立戦争にも従事した後、1787年に第一艦隊の旗艦に選ばれ、艦隊総指揮官アーサー・フィリップ(Arthur Phillip)が座乗しました。

シリウスは艦隊全体を統率する要として、大西洋とインド洋を越える長い航海を支え、1788年1月、オーストラリアのボタニー湾(Botany Bay)へと到達しました。

HMS サプライ――艦隊最速の護衛艦

HMS サプライは、小型で軽快な武装テンダー(随伴船)です。大型船の多い艦隊の中で抜群の機動性を誇り、偵察・連絡・先導といった重要な任務を担いました。1787年に第一艦隊の護衛艦に加わり、1788年1月18日には艦隊に先駆けてボタニー湾へ到着した最初の船となっています。

1788年1月26日――歴史に残る上陸

ボタニー湾は入植地としての条件が思わしくなかったため、フィリップはより良好な港湾であったポート・ジャクソン(現シドニー湾)への移転を決断します。1788年1月26日、シリウスとサプライを含む艦隊はシドニー・コーブに入港し、イギリス国旗が掲げられました。この日を記念して、現在のオーストラリアでは毎年「オーストラリア・デー」が祝われています。

まとめ

第一艦隊の海軍護衛を務めたのは、旗艦HMS シリウスと快速のHMS サプライの2隻です。それぞれ異なる特性を持つこの2隻は、過酷な航海を支え、ヨーロッパ人によるオーストラリア定住の歴史の幕開けを象徴する存在となりました。