オセアニアの歴史

最初の大陸会議に代表を派遣しなかった植民地はどこ?その理由をわかりやすく解説

1774年に開催された第一次大陸会議(First Continental Congress)に、13植民地の中で唯一代表を派遣しなかったのはジョージア植民地です。

ジョージアが参加しなかった理由

ジョージアが大陸会議への参加を見送った背景には、いくつかの事情がありました。

  • 最も新しい植民地だった:ジョージアは1732年に設立された、13植民地の中で最も歴史の浅い植民地であり、本国イギリスとの結びつきが比較的強く残っていました。
  • イギリスの軍事的保護に依存していた:ジョージアは先住民族やスペイン領フロリダとの国境紛争に常に脅かされており、イギリス軍による防衛なしには安全を保てない状況でした。
  • 本国への不満が少なかった:ボストン茶会事件などに対する報復措置(耐え難き諸法)の直接的な影響を受けにくく、イギリスに反発する動機が他の植民地ほど強くなかったのです。

第一次大陸会議とは

第一次大陸会議は、1774年9月から10月にかけてフィラデルフィアで開催されました。ボストン茶会事件(1773年)へのイギリスの報復である「耐え難き諸法」に抗議するため、13植民地のうち12の植民地が代表を派遣し、対英政策について協議しました。

なお、ジョージアも翌1775年に始まった第二次大陸会議には代表を派遣しており、アメリカ独立の動きに最終的に加わることになります。