第一次世界大戦の勃発――1914年7月28日
第一次世界大戦は、1914年7月28日に始まりました。
直接の引き金となったのは、同年6月28日にボスニア・ヘルツェゴビナ(1908年にオーストリア=ハンガリー帝国へ併合)の州都サラエヴォで発生した、オーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公の暗殺事件です。犯人は、ボスニア出身のセルビア人民族主義者ガブリロ・プリンツィプでした。
この事件は各国の間で一連の外交危機を引き起こし、その後の出来事が連鎖する形で、ついに世界規模の戦争へと発展してしまったのです。
二つの対立陣営――中央同盟国と連合国
戦争に参加したのは主にヨーロッパの列強諸国であり、最終的に二つの対立する軍事同盟が形成されました。
一方は、ドイツとオーストリア=ハンガリーを中核とし、オスマン帝国などが加わる中央同盟国。もう一方は、フランス・ロシア帝国・イギリスを基軸として、後にイタリア、日本、アメリカ合衆国も加わる連合国です。
これらの同盟は秘密条約によって固められており、「いずれか一国が攻撃されれば、加盟国全体が参戦する」という仕組みになっていました。こうした同盟関係こそが、局地的な紛争を世界的な戦争へと拡大させる要因となりました。
終戦への道――1918年11月11日の休戦
第一次世界大戦は、1918年11月11日に連合国とドイツの間で休戦協定が発効したことで、戦闘に終止符が打たれました。戦争は4年間続いた末に幕を閉じ、その過程で数百万人もの尊い命が失われました。
休戦に至る直接的なきっかけとなったのは、ドイツ側が和平交渉を求める決断を下したことです。この決断には複数の要因が絡んでいました。
第一に、連合国軍の軍事的な前進が成功を重ねていたこと。第二に、ドイツ国内の経済状況が深刻に悪化していたこと。そして第三に、一般市民の間に不満や混乱が広がり、国内情勢が不安定化していたことが挙げられます。
ヴェルサイユ条約による正式な終結
休戦協定は1918年11月11日に調印されました。ただし、これで戦闘が停止しただけであり、戦争が正式に終結したのは、1919年にヴェルサイユ条約が調印されてからのことです。
同条約では、戦争の責任がドイツ一国にあると定められ、ドイツに対して莫大な賠償金の支払いと領土の割譲が課されました。さらに、将来の戦争を防止することを目的とした国際機関である国際連盟の設立も盛り込まれました。
こうして第一次世界大戦は幕を下ろしましたが、過酷な講和条件はドイツ国民の不満を生み、後の第二次世界大戦につながる種を残す結果ともなりました。