インカ帝国は、新たに征服した地域の社会や文化について、中央政府の代表者を派遣して詳細に調査させるということはありませんでした。
その代わりにインカが採用したのは、征服した民族に強制的な同化を求めない、柔軟な統治方針でした。彼らは自らの言語や習慣を保持することを基本的に認められていたのです。
間接統治による広大な領土の支配
インカ帝国は南米アンデス地方に広がる巨大な領土を効率的に統治するため、各地域の首長(クラカ)を通じた間接統治を行っていました。既存の指導層をそのまま尊重し、彼らに税の徴収や労働力の動員(ミタ制)などを担わせることで、現地社会の仕組みを大きく変えることなく帝国へ組み込んでいったのです。
言語と習慣への寛容さ
征服された人々にとって、帝国の共通語であるケチュア語の習得は奨励されましたが、それと引き換えに従来の言語や宗教的慣習、生活様式を捨てさせることはありませんでした。この寛容な姿勢により、被支配民の反発や反乱のリスクを抑えながら、多様な民族が暮らす広大なアンデス地域を長期にわたり安定して支配することが可能になったのです。