オセアニアの歴史

ロアノーク島の「失われた植民地」はどうなったのか? 米国最古のミステリーを解説

ロアノーク島植民地(1584年~1587年)とは

ロアノーク島は、現在のアメリカ合衆国ノースカロライナ州沖に位置する島です。16世紀後半、イングランドの探検家ウォルター・ローリー卿がエリザベス1世の許可のもと、この島への入植を試みました。しかし、この植民地は後に「失われた植民地(ロスト・コロニー)」と呼ばれる、アメリカ史上最も有名な謎の一つとなるのです。

第一次植民地の失敗(1584年~1585年)

最初の入植の試みは1584年から始まりましたが、この第一次植民地は失敗に終わりました。失敗の主な原因は以下の通りです。

  • 厳しい環境による病気の流行と食料不足
  • 現地の先住民族との対立・衝突
  • リーダーシップの欠如と運営管理の不備

これらの要因が重なり、入植者たちは祖国イングランドへ帰還せざるを得なくなりました。

「失われた植民地」の誕生と謎の消失(1587年)

1587年、ジョン・ホワイト総督率いる約110人以上の入植者たち——男性だけでなく女性や子どもも含まれていました——が新たな植民地を建設しました。ホワイトの孫娘ヴァージニア・デアは、北米で生まれた最初のイングランド人子どもとして知られています。

しかしここで悲劇的な出来事が起こります。入植地の物資が尽きたため、総督ジョン・ホワイトは補給物資を調達するためにイングランドへ戻りました。ところが、当時のイングランドはスペイン無敵艦隊との戦争(アルマダの海戦)で混乱しており、彼の出発は大幅に遅れることになります。

1590年、ようやくロアノーク島へ戻ったホワイトが目にしたのは、誰一人として残っていない空っぽの植民地でした。住居は解体された形跡があり、争いや襲撃の痕跡は見られませんでした。唯一残されていた手がかりは、柱に刻まれた「CROATOAN(クロアトーン)」という文字だけだったのです。

入植者たちはどこへ消えたのか?

約100名以上の入植者が何の痕跡も残さず姿を消した理由については、現在までさまざまな説が唱えられています。

  • 先住民族との同化説:近隣のクロアトーン族などに吸収され、生活を共にしたという説。最有力視されています。
  • 移住説:食料難などを理由に、別の場所へ自力で移動したという説。
  • 災厄説:病気、飢餓、あるいは先住民族やスペイン人による襲撃で全滅したという説。

まとめ

ロアノーク島の植民地は、1584年の第一次植民地の失敗に始まり、1587年に建設された第二次植民地が総督不在の間に突如として消失するという、二度の挫折を経験しました。特に「失われた植民地」の謎は430年以上経った今も完全には解明されておらず、考古学的調査が続けられています。アメリカ建国以前の歴史における最大級のミステリーとして、今なお多くの人々の関心を集め続けているのです。