オセアニアの歴史

パレスチナという地名の起源――最初に「パレスチナ」と呼ばれたのはいつ?

「パレスチナ」という名前の起源

現在「パレスチナ」と呼ばれる地域の名称は、実に3000年以上前の古代エジプトの記録にまで遡ることができます。この名称の由来となったのは「ペリシテ(Philistine)」という言葉であり、その源流は紀元前1200年から1175年頃にかけて古代エジプト人が使用していた「ペレセト(Peleset)」または「ペレシュティ(Peleshti)」という表現だと考えられています。

古代エジプト人による「ペレセト」の使用

当時のエジプト人は、カナン(Canaan)南部、すなわちペリシテ人が居住していた地域を指して「ペレセト」という言葉を使っていました。この時期は、ラムセス3世の治世にあたり、メディネット・ハブ神殿の碑文などには、エーゲ海方面から移動してきた「海の民」の一派としてペリシテ人が言及されており、「ペレセト」の名もそこに見られます。

語源としての「カフトル」

「ペレセト」の語根については複数の説がありますが、最も有力視されているのが「カフトル(Caphtor)」です。カフトルとは、旧約聖書などにも登場する地名で、ペリシテ人の故郷とされる土地を指します。このカフトルが具体的にどこを指すのかについては諸説ありますが、クレタ島(Crete)であるとする説と、キプロス(Cyprus)であるとする説が代表的です。いずれにせよ、ペリシテ人がエーゲ海域から地中海東岸へと移住してきたことを示唆する重要な手がかりとなっています。

その後の「パレスチナ」名称の歴史

「パレスチナ」という形でこの地域の名称が定着したのは、後の時代になってからです。紀元前5世紀には、ギリシャの歴史家ヘロドトスがこの地域を「パライスティネー(Palaistinē)」と呼んで記録に残しています。さらに紀元135年、ローマ帝国はバル・コクバの反乱を鎮圧した後、ユダヤ属州を「シリア・パレスティナ(Syria Palaestina)」と改称しました。これにより「パレスチナ」という名称は、行政上の正式な地名として広く認知されることになりました。

このように、「パレスチナ」という名称は、古代エジプト時代の「ペレセト」に端を発し、ヘロドトスの記録、そしてローマ時代の改称を経て今日に至るまで、3000年以上にわたって受け継がれてきた歴史ある地名なのです。