オセアニアの歴史

中部植民地に定住したのはどの民族?多文化が融合した「るつぼ」の実像

17〜18世紀のアメリカ中部植民地(ミドルコロニーズ)は、ヨーロッパ各地やアフリカからやって来た多様な民族が暮らす、まさに「るつぼ(メルティングポット)」のような地域でした。ここでは、中部植民地を形作った主な民族グループを紹介します。

中部植民地の主要な民族グループ

1. イングランド人

イングランド人は中部植民地で最も大きな人口を占めていた民族です。多くの人々は、母国イングランドでの宗教的迫害から逃れるために、この新天地へと移り住みました。

2. オランダ人

オランダ人は中部植民地で2番目に規模の大きい民族グループでした。彼らはもともとニューネーデルラント植民地に入植していましたが、1664年にイギリスがこの地を占領したことで、イギリス領の一部となりました。

3. ドイツ人

ドイツ人も中部植民地を代表する民族の一つです。宗教の自由を求めて、あるいは経済的な成功のチャンスを求めて、またヨーロッパの戦乱から逃れるために、大西洋を渡ってきました。特にペンシルベニアには多くのドイツ系農民が定住し、優れた農業技術で地域の発展に貢献しました。

4. フランスのユグノー

ユグノーは、宗教的迫害を避けてフランスから逃れたプロテスタントの人々です。彼らはニューヨーク市やフィラデルフィアなど、中部植民地の各地に定住し、商業や工芸の分野で活躍しました。

5. スコッチ・アイリッシュ(スコットランド系アイルランド人)

スコットランドまたはアイルランドにルーツを持つ人々です。彼らの多くは年季奉公人として渡米し、契約期間の労働と引き換えに新生活への足がかりを得ました。開拓精神に富んだ民族として知られています。

6. アフリカ系アメリカ人

アフリカ系アメリカ人は、奴隷として中部植民地に連れてこられました。人口に占める割合は比較的小さかったものの、農業や港湾労働など、この地域の経済と文化において欠かせない重要な役割を担っていました。

多様性が生んだアメリカのアイデンティティ

以上のように、中部植民地にはイングランド人、オランダ人、ドイツ人、ユグノー、スコッチ・アイリッシュ、アフリカ系アメリカ人など、実に多彩な民族が共存していました。言語も宗教も異なる人々が同じ土地で暮らすことで、寛容さと多様性を重んじる風土が育まれました。

こうした中部植民地の「るつぼ」としての性格は、後に独立を果たすアメリカ合衆国の国民的アイデンティティの形成に深く影響を与えたのです。