「代表なしの課税」――独立運動の火種となった問題
アメリカ13植民地がイギリスからの独立を求めた理由の一つとして、「代表なしの課税(Taxation without Representation)」が挙げられます。
当時、イギリス政府は植民地に対してさまざまな税金を課していました。しかし、植民地の人々はイギリス議会に自分たちの代表者を持たず、税金の決定過程に一切関与できない立場に置かれていました。
なぜ「代表なしの課税」が問題視されたのか
イギリスでは古くから「課税されるのであれば、その決定に参加する権利がある」という考え方が市民の伝統的な権利とされてきました。ところが、大西洋を隔てた遠い植民地では、議会への代表者がいないまま税だけを負担させられることになり、これはイギリス市民としての基本的な権利の侵害であると強く反発されたのです。
この不満は、1765年の印紙法やタウンゼント諸法といった一連の課税政策によってさらに深刻化し、「代表なくして課税なし」というスローガンが植民地全体に広まりました。こうした反英感情の高まりがやがて抗議運動やボイコットへと発展し、最終的には1776年の独立宣言へとつながっていったのです。