オーストラリアとティモールは敵対していなかった
第二次世界大戦中、オーストラリアが東ティモール(当時はポルトガル領ティモール)と戦ったというのは誤解です。実際には、両者が互いに敵同士となることはありませんでした。
史実によれば、ティモール島は大戦中に日本軍によって占領されました。オーストラリア軍は、日本の支配からティモールを解放するための戦いに参加した側です。つまり、オーストラリアとティモールの人々は、共通の敵である日本軍に対して戦う同盟関係にあったのです。
ティモールでの戦いの経緯
日本軍の侵攻と占領
1942年2月、日本軍はティモール島に上陸し、島を占領しました。当時のティモール島は、西部がオランダ領、東部がポルトガル領に分かれていましたが、日本軍は島全体を支配下に置きました。
オーストラリア軍コマンド部隊のゲリラ戦
これに先立つ1941年12月、オーストラリア軍とオランダ軍は中立国ポルトガルの管轄だった東ティモールへ進駐していました。日本軍の侵攻後、第2/2独立中隊として知られるオーストラリアのコマンド部隊は、山岳地帯に退き、およそ1年間にわたって粘り強いゲリラ戦を展開しました。
この戦いの間、多くのティモールの現地民がオーストラリア兵に食料や情報を提供し、山道の案内役を務めました。しかしその結果、多数のティモール人が日本軍による報復で命を落としたと伝えられています。この苦難を共にした歴史的な絆は、今日のオーストラリアと東ティモール両国の友好関係にも深く影響を与えています。
まとめ
第二次世界大戦におけるオーストラリアとティモールの関係は、「対立や戦争」ではなく「解放と協力」の歴史です。日本軍の占領下に置かれたティモールを取り戻すため、オーストラリア軍は戦い、その過程で現地の人々との強い信頼関係を築きました。