オセアニアの歴史

ピルグリム・ファーザーズはなぜプリマスに入植したのか?その真実

ピルグリム・ファーザーズはなぜプリマスを選んだのか?

ピルグリム・ファーザーズ(清教徒移民たち)がマサチューセッツ植民地に定住したのは、「良港があったから」という単純な理由によるものではありません。実は、彼らがプリマスにたどり着くまでには、数々の失敗と苦難が重なっていたのです。

幾度もの入植の失敗

彼らは新天地での生活を求めて、荒野における入植を何度も試みていました。その一つがカナダのニューファンドランドへの定住計画ですが、これはうまくいきませんでした。このように、当初から順調に道が開けていたわけではないのです。

メイフラワー号の過酷な航海

1620年、彼らは「メイフラワー号」と呼ばれる船で大西洋を渡りました。しかし、この航海は想像を絶するほど過酷なものでした。コッド岬を回ろうとした際、船は激しい荒波に見舞われ、沈没の危機に瀕することさえあったのです。

迫りくる冬が決め手となった

こうした苦難の末にたどり着いたのがプリマスの入り江でした。すでに冬は間近に迫っており、これ以上航海を続けることは困難でした。疲れ果てた乗客たちと限られた物資を考えれば、安全な場所にとどまるのが賢明でした。こうして彼らは、冬を越すためにプリマスに定住することを決断したのです。

つまり、プリマスの選定は綿密な計画の成果というよりも、入植の失敗、嵐による危機、そして冬の到来という切迫した状況が重なり、結果的に導かれた選択だったと言えます。