1980年末のある朝、ペルー・リマの中心街は、電柱に吊るされた数十頭の死んだ犬によって衝撃的に目覚めた。残忍にも虐殺された動物たちの下には、「鄧小平、この雌犬の子め(Teng Siao Ping, Son of a Bitch)」と書かれたプラカードが掲げされていた。だが、この恐ろしい「名刺」には、一体どんな意味が込められていたのだろうか。
これは、恐怖の10年間の始まりだった。虐殺や爆破のニュースが、国内主要紙の一面から消える日はなかった。あの時代を生き抜いた者たちは、今日私たちが普通に街を歩くことさえ、どれほど危険を伴っていたかをよく知っている。
親たちは子どもたちに、ショッピングモールや映画館といった人混みの場所へ行くことを禁じた。今の学生たちが気軽に地方へ旅行できるのに対し、私たちは旅に出ることさえ許されなかった。各家庭の窓には、爆撃時に飛び散るガラス片から身を守るため粘着テープが十字に貼られ、宿題や勉強を終えるにはろうそくが頼みの綱だった。どこで攻撃があったかをラジオで聞くためには、電池の備蓄が不可欠だった。
夜の外出は悪名高い外出禁止令によって時間を制限され、緊急時には白いハンカチを振って、軍の戦車に誤認されて撃たれないよう身を守らなければならなかった。これを聞いた経験のない人々は、まるで戦争のようだと口を揃える。そして実際、それは10年間も続いた「戦争」だったのである。
メッセージは何を意味していたのか?
本題に戻ろう。センデロ・ルミノソ(輝ける道)が残した「鄧小平、この雌犬の子め」というメッセージは、一体何を意味していたのか。
実はこれは、市民や国内外の報道機関の注目を引くために、残酷にも犬を利用した「宣戦布告」だった。そこまでの残虐性を見せつけたことは、イデオロギーの如何にかかわらず、彼らの意図の中に「血を流すこと」が最初から含まれていたことを示している。犠牲になるのは犬だけではない。彼らの行く手を阻む者すべてが標的になり得たのだ。
鄧小平とは誰だったのか
中国では1976年に毛沢東が死去すると、鄧小平(とう・しょうへい)が後を継いだ。毛沢東政権は「プロレタリア文化大革命」(1966〜1977年)における度重なる過剰な粛清で批判を受けており、鄧小平は中国型マルクス主義の枠組みに幕を引き、資本主義的な発展路線への転換を図った。
鄧小平はこの路線転換の理論的支柱であり、資本主義の利点を強調し、中国経済の新たな方向性を推し進めた。新しい指導者は重要な経済改革を実践し、中国を再び世界経済へと組み込んでいく役割を担ったのである。
こうして鄧小平は毛沢東の共産主義経済の基礎から距離を置いたが、政治面では共産党員としての立場を決して放棄しなかった。「階級闘争」を「社会主義現代化」という言葉に置き換えたことさえあった。
世界への経済開放は、たちまち中国に好結果をもたらした。国民の生活水準は向上し、インフレは低く抑えられ、農業生産も増加していった。
「共産主義者にして資本主義者」──信奉者たちの怒り
毛沢東の信奉者たちにとって、鄧小平は裏切り者以外の何者でもなかった。守られるべき経済モデルを裏切った共産主義者である。新しい経済モデルの成功は、彼らの怒りを募らせるばかりだった。中国人の生活の質が改善されればされるほど、それは「プロレタリア文化大革命」の理念に真っ向から反するものとなっていったからだ。
だからこそ、「鄧小平、この雌犬の子め」という言葉とともに犬を柱に吊るすという行為は、センデロ・ルミノソが権力を掌握し、独自の「プロレタリア革命」を推し進め、世界から完全に閉ざされた共産主義経済を実現する意志の表明だったのだ。
彼らの目的は、何ものにも、誰のことも顧みず、力ずくで政権を奪取することだった。その「名刺」として、これ以上ないほど残酷な方法で街を飾り立てたのである。
センデロ・ルミノソにとって、犬たちは最初の犠牲者であり、リマの住民を威嚇するための手段だった。テロがもはや地方だけの孤立した出来事ではなく、すでにすぐ近くまで迫っていること──リマの中心部、通行人の誰の目にも触れる場所で──を示す警告だったのだ。
密告者に送られた「死んだ犬」
犬を使った警告と威嚇は、この一度限りのことではなかった。センデロ・ルミノソにとって、自分たちの居場所や作戦計画を通報する密告者は、容赦なく排除されるべき存在だった。
誰かが自分たちに関する情報を外部に流していると察知すると、センディスタ(ゲリラ活動家)たちは、その人物の家の近くに死んだ犬を吊るして警告を送った。それは「死刑宣告」の合図だった。誰かが死ぬ──しかも最も血なまぐさいやり方で──という予告である。
では、なぜ実行しようとしていることをわざわざ告知するのか? 答えはシンプルだ。死んだ犬は、パニックを引き起こし、近隣住民に「自分たちは思っている以上にすべてを知っている」と思い込ませる心理戦の道具でもあったのだ。
彼らは人々の不安を巧みに操った。社会を不安定化させるための最良の武器、それが恐怖とパニックだった。忘れてはならない。「テロリズム(terrorism)」という言葉は、もともと「恐怖(terror)」に由来しているのである。
週刊紙『セマナリオ・シエテ(Semanario Siete)』2012年9月9日号掲載記事より

リマに吊るされた犬たち:センデロ・ルミノソによる警告サイン

テロ、首都リマへ:市内の電柱に吊るされた数十頭の犬