南アメリカの歴史

前世紀のリマでは、新年をどのように祝っていたのか?

ペルーの首都リマには、かつて数多くの新年にまつわる伝統がありましたが、その多くは姿を消すか、大きく形を変えてきました。「昔の方が良かった」と懐かしむ人もいれば、「昔なんて、ただ前だっただけさ」と冗談めかして答える人もいるでしょう。

市中心部に舞った「紙の雨」

多くの人に記憶されているのが、市の中心部で見られた「紙の雨」です。年の最後の勤務日になると、役所や事務所の窓から、翌年にはもう使わないカレンダーやコピー用紙、あらゆる種類の書類が次々と投げ捨てられていたのです。

オフィスのファイル棚が空になっていく一方で、通りは紙屑で埋め尽くされ、後片付けは清掃スタッフの仕事となりました。興味深いことに、現在でも毎年1月1日の朝には通りがゴミだらけになる風景が続いています。ただし、散らばっているのは前夜のロケット花火やクラッカーの残骸です。そして今では、建物から大量の紙を投げ捨てた事業体は、罰金の対象となるのです。


前世紀のリマでは、新年をどのように祝っていたのか?

お祝いの装いも時代とともに変化

特別な日の服装も、当時とは様相が異なっていました。婦人たちはドレスをまとい、帽子で頭を美しく飾っていたのです。次の写真からは、1920年代のリマの女性が特別な日にどんな装いを楽しんでいたのかをうかがい知ることができます。

1月1日の朝はビーチへ

これは現代と同じですが、1月1日の朝は多くの人にとってビーチで過ごす日だったようです。1950年代、チョリージョス地区に位置するラ・エラドゥーラ(La Herradura)は、市内で最も象徴的なビーチとして親しまれていました。


前世紀のリマでは、新年をどのように祝っていたのか? 前世紀のリマでは、新年をどのように祝っていたのか?

古き良き時代の風景を振り返りながら、新しい一年が皆さまにとって実り多いものとなりますように。