結論から言えば、いいえ、1732年当時のジョージア植民地には宗教の自由は存在しませんでした。
ケネス・コールマン(Kenneth Coleman)とチャールズ・ハドソン(Charles Hudson)によるジョージア植民地史の研究によると、当時のジョージアで合法とされていたのはイングランド国教会(聖公会)による礼拝のみであり、それ以外のあらゆる形式の宗教儀式や礼拝は違法行為とみなされ、処罰の対象となっていました。
ジョージア植民地の設立背景
ジョージアは1732年、イギリス国王ジョージ2世の勅許により設立された、北米におけるイギリス最後の植民地です。ジェームズ・オグルソープ(James Oglethorpe)らが中心となり、貧困層や債務者の新たな生活の場を提供するとともに、南のスペイン領フロリダに対する緩衝地帯としての役割も担うことが期待されていました。
こうした植民地では、本国イギリスとの同様にイングランド国教会が事実上の公用宗教として位置づけられ、他宗派による公的な礼拝活動は認められていなかったのです。
その後の変化
とはいえ、この厳しい状況は時代とともに徐々に緩和されていきます。18世紀半ば以降、プロテスタント系の他教派への寛容が広まり、植民地社会の多様性が増していきました。しかし、少なくとも1732年の設立当初においては、宗教的自由はきわめて制限されていた——これが歴史家たちの見解です。