アラモの戦いと陥落は同じ出来事
「アラモの戦い」と「アラモの陥落」は、厳密には同じ出来事を指す言葉です。両者の間に別々の戦闘があったわけではなく、「陥落」とは戦いの結末、すなわち要塞が陥落した瞬間を表現する言葉にすぎません。
アラモの戦いの概要
アラモの戦いは、1836年2月23日から3月6日にかけて、テキサス州サンアントニオで行われました。メキシコ軍のアントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ将軍率いる大軍が、少数のテキサス守備隊が立てこもるアラモ伝道所(要塞)を包囲・攻撃したものです。
約13日間に及ぶ包囲戦の末、3月6日にメキシコ軍が最後の突撃を仕掛け、数で大きく劣るテキサス側の守備兵たちは全滅。ここでアラモは陥落しました。
テキサス独立戦争の転換点となった理由
アラモの陥落は一見するとテキサス側の敗北ですが、結果的にはテキサス独立戦争における大きな転換点となりました。「アラモを忘れるな(Remember the Alamo)」というスローガンが広く浸透し、テキサス人たちの士気を大きく高めたのです。
また、この13日間の包囲戦は貴重な時間稼ぎとなり、サム・ヒューストンは増援の召集と軍の再編成に必要な時間を確保することができました。そして同年4月のサンジャシントの戦いにおいて、ヒューストン率いるテキサス軍はサンタ・アナのメキシコ軍を撃破し、テキサスの独立を勝ち取ったのです。
まとめ
つまり、「アラモの戦い」が1836年2月23日から3月6日までの戦闘全体を指すのに対し、「アラモの陥落」はその最終局面、すなわちサンタ・アナ将軍率いるメキシコ軍がテキサス守備隊を圧倒してアラモを制圧した瞬間を指します。両者は同じ歴史的事件を別の角度から表現した言葉であると言えるでしょう。