ヘッセン人傭兵とは何者だったのか
アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)では、イギリス軍がドイツ諸邦から多数の兵士を雇用して戦力としていました。なかでもヘッセン地方出身の兵士が多かったことから、彼らは総称して「ヘッセン人傭兵」と呼ばれました。戦争を通じて数万人規模のドイツ人兵士が北米へ派遣され、独立戦争の行方に大きな影響を与えました。
戦後の帰国と、アメリカに残った人々
独立戦争が終結すると、およそ12,000人のヘッセン人傭兵が故郷のドイツへ帰国していきました。しかし興味深いことに、そのうち約2,400人、つまり5人に1人ほどの割合で、新しく誕生したアメリカ合衆国に留まることを選んだのです。
彼らにとって、長年暮らした北米の土地にはすでに愛着があり、またヨーロッパへ戻るよりも新大陸で新しい人生を切り開くほうが魅力的だったのでしょう。
彼らが定住した地域
アメリカに残留した元傭兵たちの多くは、ペンシルベニア州、メリーランド州、バージニア州といった中部大西洋岸諸州に定住しました。これらの地域は当時すでにドイツ系移民のコミュニティが根付いており、言葉や文化の面で馴染みやすかったことが理由と考えられます。
さらに一部の人々は南へと移動し、ジョージア州や南北カロライナ州などのディープサウスにも足跡を残しています。
ジェファーソンシティに築かれた独米コミュニティ
特筆すべきは、比較的大きな集団の一つがミズーリ川沿い、現在のミズーリ州ジェファーソンシティ周辺に定住したことです。この集団は、後に同地域で大きく繁栄することになるドイツ系アメリカ人コミュニティの中核となりました。
こうして戦場の敵として送られた傭兵たちの一部は、戦後には新しい国家の一員として、アメリカ社会の形成に静かに貢献していったのです。