南アメリカの歴史

一部の州が権利章典(権利法案)に賛成しなかった4つの理由

はじめに:権利章典をめぐる賛否の論争

アメリカ合衆国憲法の批准をめぐる議論において、権利章典(Bill of Rights)の追加には大きな賛否の対立がありました。連邦政府の権限拡大を警戒していた一部の州は、一見すると個人の自由を守るように見える権利章典に、むしろ反対の立場を取りました。本記事では、その主な理由を4つに分けてわかりやすく解説します。

1. 州政府の権限が制限されることを懸念していた

一部の州は、権利章典が州政府の権限を不当に縮小することを恐れていました。当時、いくつかの州では国教の設立や、特定の集団に対して差別的な法律を制定することも可能でした。権利章典が採択されれば、こうした州独自の政策が実施できなくなるため、州の自治権を重視する勢力から強い抵抗があったのです。

2. 憲法本文にすでに十分な保護規定があると考えていた

もう一つの理由は、「憲法自体に個人の権利を守る文言がすでに十分含まれているため、権利章典は不要だ」という考え方でした。この立場を取る州は、連邦政府の権限が列挙的に限定されている以上、人民の権利は自然に保護されると主張し、新たな章典の追加は冗長にすぎないと論じました。

3. 連邦政府による権力乱用の可能性を警戒していた

皮肉なことに、権利章典そのものが連邦政府の権力拡大の道具になると懸念する声もありました。具体的には、連邦政府が権利章典を口実に州の内政へ干渉したり、逆に個人の権利を奪ったりする危険性が指摘されました。中央集権化への強い警戒心が、当時の時代背景としてうかがえます。

4. 権利の解釈・執行権限を連邦政府に与えたくなかった

さらに、権利章典の解釈と執行を連邦政府が担うことへの反発も根強くありました。どの権利が保護の対象となるのか、そしてそれらの権利が実際にどのように執行されるのか——その最終判断権が連邦政府に集中すれば、州の意思に反した決定が下される恐れがあると考えられたのです。

まとめ:懸念はどのように解決されたのか

こうした懸念にもかかわらず、権利章典(憲法修正第1条から第10条)は1791年に批准されました。反対派の不安を和らげる鍵となったのが修正第10条で、「憲法により連邦政府に委任されず、各州に対して禁止されていない権限は、各州または人民に留保される」と明記されました。権利章典をめぐる議論は、連邦と州の権限バランスというアメリカ憲政の根幹問題を浮き彫りにした出来事といえるでしょう。