アメリカ独立戦争(1775年~1783年)において、奴隷を革命運動から排除すること自体が「主な懸念」として扱われていたわけではありません。むしろ歴史的事実としては、多くの奴隷(アフリカ系アメリカ人)がアメリカ植民地側に加わって戦い、中には従軍と引き換えに自由を約束された者さえいました。
実際には多くの奴隷が参戦していた
独立戦争には、推定で数千人規模の黒人兵士が大陸軍や各州の民兵組織に参加したとされています。マサチューセッツ出身のセイラム・プーア(Salem Poor)のように、その武勲を公式に称えられた人物も存在します。
自由との引き換えでの従軍
1778年頃からは、ロードアイランド州などで兵員不足を補うために奴隷の入隊が認められ、除隊時には自由が与えられる方針が採られました。こうして編成されたのが「第1ロードアイランド連隊」であり、黒人兵士を中心とした部隊として知られています。
イギリス側も解放を呼びかけた
一方でイギリス側も、1775年にダンモア卿が発した布告(ダンモア宣言)により、反乱側の所有者のもとから逃れて王党派として戦う奴隷には自由を与えると約束しました。この結果、多くの奴隷がイギリス軍へ逃れることとなりました。
まとめ
つまり、「奴隷を革命活動から排除することへの主な懸念」という前提自体が成立しないのです。実際には、奴隷たちは両陣営で戦争に関わり、その貢献と引き換えに自由を手にした者も少なくありませんでした。ただし戦後の扱いは一様ではなく、自由を勝ち取った者もいれば、再び束縛された者もいたという複雑な実態があった点にも留意が必要です。