第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の「戦間期」、孤立主義と平和運動はアメリカ政治に多大な影響を及ぼし、同国の外交政策や公共の議論に深い足跡を残しました。
1. 孤立主義の台頭と国際連盟加盟の拒否
第一次世界大戦後、孤立主義は勢いを増し、その結果としてアメリカはウッドロウ・ウィルソン大統領が提唱した国際連盟への加盟を拒否しました。孤立主義者たちは、国際問題への深い関与がアメリカを海外の紛争に巻き込み、国家の主権を損なうと考えていました。この決定により、アメリカの国際協力や平和構築への参加は大きく制限されることとなりました。
2. 平和運動と反戦感情の高まり
第一次世界大戦の悲惨な経験を受けて平和運動が起こり、将来の紛争を二度と繰り返さないという願いが広がりました。これらの運動は、外交の促進、軍縮、そして紛争の平和的解決を目指すものでした。反戦感情は世論形成に重要な役割を果たし、大統領候補たちにより慎重な外交路線を採用させる一因となりました。
3. 大統領選挙への影響
この時期の大統領選挙は、孤立主義と平和運動の思潮に強く影響されました。ウォレン・G・ハーディング、カルビン・クーリッジ、ハーバート・フーヴァーといった歴代大統領は、いずれも対外関与の限定を掲げる綱領のもとで当選しています。国家安全保障の確保、海外との複雑な関係( entangling alliances )の回避、戦争リスクの低減を重視する有権者の間で、孤立主義的政策は高い支持を得ていました。
4. 議会における孤立主義への支持
孤立主義は連邦議会でも強い支持を獲得し、1930年代の一連の「中立法」の制定につながりました。これらの法律は、交戦国への武器販売や融資の禁止、交戦国の船舶に乗るアメリカ人旅行者の制限などを定め、戦争への巻き込みを防ぐことを目的としていました。しかし結果として、議会の孤立主義的姿勢は、政府が国際的な危機や紛争に効果的に対応する能力を大きく制約することになりました。
5. 世論への影響
孤立主義と平和運動の思想はアメリカ国民の幅広い層の共感を呼び、外交政策に対する見方を形作りました。当時の世論調査では、非介入政策への支持と、海外での紛争への関与を避けたいという消極的な姿勢が明確に示されていました。こうした世論の流れにより、大統領が国際主義的な政策に対して国民の支持を取り付けることは非常に困難でした。
6. 外交政策の決定への影響
孤立主義的見解の優位は、満洲事変(1931年)やスペイン内戦(1936〜1939年)といった重大な国際的危機へのアメリカの本格的な関与を妨げました。アメリカは世界的な紛争に対して概ね受動的な姿勢を貫き、国内経済の立て直し(大恐慌対策)を最優先し、海外への介入を避けました。この孤立主義の傾向は、第二次世界大戦を未然に防げた可能性のある同盟体制や集団安全保障の枠組みの形成を阻むことにもつながりました。
まとめ
両世界大戦間において、孤立主義と平和運動はアメリカ政治に極めて深い影響を与えました。それらは大統領選挙の行方を左右し、議会の立法判断を形作り、国民の多くの心をつかみました。孤立主義は国家安全保障と非介入主義による安心感をもたらした一方で、国際社会におけるアメリカの関与を狭め、より大規模な紛争を防ぐ機会を逸する一因となったのです。この教訓は、第二次世界大戦後のアメリカが国際連合の設立やNATO結成など、積極的な国際協調路線へ転換する重要な背景となりました。