結論:その説は誤りです
「ロシアが1921年のワシントン会議に招かれなかったのは、海軍を保有していたからだ」という見解は正しくありません。真の理由は、当時のボリシェヴィキ政権(ソビエト・ロシア)がアメリカ合衆国から国家として承認されていなかったことにあります。
背景:米露間の外交関係の断絶
1917年のロシア革命により成立したボリシェヴィキ政権は、共産主義体制を掲げたことや第一次世界大戦からの単独講和(ブレスト=リトフスク条約)などにより、米国をはじめとする列強諸国との関係が悪化していました。米国政府は革命後も一貫してこの新政権を承認せず、正式な外交関係は1933年まで回復しませんでした。
ワシントン会議の性格
1921年11月から1922年2月にかけて開催されたワシントン海軍軍縮会議には、米国・英国・日本・フランス・イタリアの五大海軍国に加え、中国やオランダなど9カ国が参加しました。しかし、国際的に承認された政府を持たないソビエト・ロシアには招請状が送られず、会議の枠組みから排除される形となりました。
まとめ
つまり、ロシアが招待されなかったのは海軍力の有無によるものではなく、米国がボリシェヴィキ政権を正当な政府として承認していなかったという外交上の事情によるものです。