南アメリカの歴史

セオドア・ルーズベルトは大恐慌を止めたのか?歴史的事実をわかりやすく解説

結論から言えば、セオドア・ルーズベルトが大恐慌を止めることは物理的に不可能でした。その理由は、両者の年代がまったく重なっていないからです。

セオドア・ルーズベルトの任期

第26代アメリカ合衆国大統領であるセオodore・ルーズベルトは、1901年から1909年まで約8年間政権を担いました。彼は米西戦争の英雄として知られ、内政では「公正な取引(スクエア・ディール)」を掲げ、独占資本の規制や自然保護政策などに力を注ぎました。

大恐慌はいつ起きたのか

一方、世界経済を揺るがした大恐慌は、一般に1929年のウォール街株価大暴落に端を発し、1930年代初頭まで深刻な不況が続いたとされています。つまり、大恐慌の発生はセオドア・ルーズベルトの退任から20年以上も後の出来事でした。彼が亡くなったのは1919年であり、大恐慌を目にすることすらありません。

なぜ混乱が生じるのか――もう一人の「ルーズベルト」

この誤解が生じる背景には、同じ「ルーズベルト」という姓を持つ別の大統領の存在があります。大恐慌に直面し、これに対処したのは第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)です。彼は1933年に就任すると、政府主導の大規模な景気対策であるニューディール政策を展開し、失業対策や金融制度改革、公共事業などを通じて危機の克服に取り組みました。

実は、フランクリン・ルーズベルトはセオドア・ルーズベルトの遠い親戚にあたり、夫人のエレノア・ルーズベルトはセオドアの姪でもあります。このような縁故関係から、二人の業績が混同されることも少なくないのです。

まとめ

セオドア・ルーズベルトの任期(1901〜1909年)と大恐慌(1929〜1933年)には時間的な隔たりがあるため、「セオドア・ルーズベルトが大恐慌を止めた」という説は成立しません。大恐慌と戦ったのは、20数年後の大統領となった親戚のフランクリン・ルーズベルトだったというのが、歴史的事実です。