南アメリカの歴史

南北戦争後のアメリカ南部で生まれた新たな労働システム「小作制度(シェアクロッピング)」とは?その仕組みと実態を解説

小作制度(シェアクロッピング)とは何か

小作制度(シェアクロッピング)は、南北戦争(1861〜1865年)後のアメリカ合衆国南部で急速に広まった労働システムです。この制度では、土地所有者が貧しい農民に土地や物資を提供し、農民はその土地を耕作する代わりに、収穫物の一部を地主に支払うという形で成り立っていました。

制度の基本的な仕組み

  • 大規模な土地所有者は、所有地をより小さな区画に分割し、元奴隷だったアフリカ系アメリカ人の農民たちに貸し出しました。
  • 小作人が受け取れるのは通常、生産した作物の半分だけで、残りの半分は地主の取り分となりました。
  • 多くの場合、小作人は自分で農具や家畜を用意する必要がありました。
  • 住居の家賃も支払わなければならず、その住居は通常、地主の所有地内に位置していました。
  • さらに、物資購入の資金として地主や商人から借金をするよう求められることが多く、これが小作人をプランテーション(大農園)に強く縛り付ける要因となりました。

信用貸しシステムと負債の悪循環

小作制度は、信用貸し(クレジット)の仕組みの上に成り立っていました。各農耕年の初めに、地主は小作人に対して、種子、農具、肥料、食料の一部などの費用を前貸しし、その見返りとして収穫物に対する先取特権(リーエン)を取得しました。こうした借金は返済が極めて困難であり、小作人たちは年々負債を抱え込み、地主への依存から抜け出せない状態に陥っていきました。

法律を回避する手段として機能した制度

小作制度は、解放された元奴隷を保護するために制定された法律を実質的に回避する手段としても機能しました。奴隷制を廃止した憲法修正第13条が成立したにもかかわらず、この制度は地主に小作人の生活と労働に対する強い支配力を与え続けました。自由を手にしたはずの元奴隷たちにとって、小作制度は名目上の自由と現実の従属が共存する、厳しい現実だったのです。