南アメリカの歴史

アメリカ陸軍大将が兵士を平手打ちしたのは誰?歴史上の「平手打ち事件」を徹底解説

「アメリカ陸軍の大将が兵士を平手打ちした」という話は、インターネットや歴史好きの間でたびたび話題に上がります。しかし、公式記録として確定している「大将」による平手打ち事件は確認されていません。その一方で、これに近い有名な出来事として知られているのが、第二次世界大戦中のジョージ・S・パットン将軍による「平手打ち事件」です。この記事では、この事件の背景と影響について詳しく解説します。

最も有名な事例:パットン将軍の平手打ち事件

1943年8月、シチリア島攻略作戦の最中、当時中将だったジョージ・S・パットンは、アメリカ第7軍の指揮官として前線を視察していました。この際、野戦病院に収容されていた負傷兵の中に、外傷がないにもかかわらず入院している兵士を見つけます。彼らは戦闘疲労(戦争神経症)と診断された兵士でした。

パットンは「臆病者だ」と激怒し、兵士に対して平手打ちを浴びせ、さらに軍帽を投げつけるなどの行動に出ました。このような出来事は短期間のうちに2件発生し、現場の医師や関係者の間で大きな波紋を呼びました。

事件の余波:謝罪と指揮権の一時停止

この一件は報道機関にも伝わり、アメリカ国内で大きな非難を浴びることになりました。連合国遠征軍最高司令官だったドワイト・D・アイゼンハワー将軍は、パットンに対して厳重な注意を行い、被害を受けた兵士および医療スタッフへの謝罪を命じました。

さらに、パットンはノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)において当初予定されていた重要な役割から外されるなど、キャリアに大きな影響を与えました。ただし、その後も彼は第3軍の指揮官として活躍し、ヨーロッパ戦線で卓越した指揮能力を発揮しています。

なぜ「大将」として語られるのか

パットンの階級は事件当時は中将でしたが、終戦後に大将(四星上将)へ昇進したため、「兵士を平手打ちしたアメリカ陸軍大将」という形で語られることが多くなりました。また、映画『パットン大戦車軍団』(1970年)でもこの事件が描かれ、一般にも広く知られるようになりました。

まとめ

「兵士を平手打ちしたアメリカ陸軍大将」として確定的な記録があるわけではありませんが、その原型となったのは、1943年にジョージ・S・パットン中将(のちの大将)が起こした平手打ち事件であると考えられます。勇猛さと短気さの両面を持つ彼の人柄を象徴する逸話として、今日まで語り継がれています。