南アメリカの歴史

ウォーレン・G・ハーディングはどのようにして世界情勢の安定に貢献したのか?

国内問題を優先したハーディング政権

ウォーレン・G・ハーディング大統領(在任:1921年〜1923年)は、世界情勢の安定の促進において、必ずしも積極的な役割を果たしたとは言えません。彼の政権は第一次世界大戦後のアメリカ国内の復興や経済問題といった内政を最優先とし、「正常化(ノーマシー)」というスローガンの下で運営されました。そのため、国際的な外交への関与は限られたものにとどまりました。

ワシントン海軍軍縮会議という例外的な取り組み

その中で最も注目すべき例外となったのが、1921年から1922年にかけて開催された「ワシントン海軍軍縮会議」です。この会議では、アメリカ・イギリス・日本・フランス・イタリアの五大国が主力艦の保有比率(5:5:3:1.67:1.67)について合意するなど、列強間の海軍軍備の拡張を抑制することを目指した複数の条約が締結されました。

さらに、四カ国条約によって太平洋地域における各国の現状維持が確認され、九カ国条約では中国における主権尊重と機会均等の原則が定められるなど、アジア太平洋地域の安定を図る試みも行われました。

限定的だった影響力

しかしながら、これらの努力もその範囲は限定的であり、ヨーロッパの戦後処理への深い関与や国際連盟への参加など、当時の重大な国際課題からは距離を置いていました。その結果、ハーディング政権の外交政策が世界全体の安定に与えた影響は、決して大きいものではなかったと評価されています。それでも、軍縮という形で大国間の対立を和らげようとした試みは、戦間期の国際協調の出発点として歴史的な意味を持っています。