結論からお伝えすると、1854年当時、アメリカ合衆国の副大統領は不在でした。つまり、この年に副大統領を務めていた人物は一人もいなかったのです。
なぜ副大統領が空席だったのか
フランクリン・ピアース(Franklin Pierce)大統領の下で副大統領に選出されていたのは、ウィリアム・ルーファス・キング(William R. King)です。しかし、キングは1853年に就任してからわずか数週間後に病気のため亡くなりました。そのため、副大統領の座は空席となり、ピアース政権の任期が終わる1857年3月まで埋められることはありませんでした。
ウィリアム・キングという人物
キングはアラバマ州出身の政治家で、当時すでに結核を患っており健康状態は極めて悪化していました。就任式の頃には療養のためキューバに滞在しており、議会の特別な許可を得て、外国の土地で就任宣誓を行った唯一の副大統領として知られています。帰国後まもない1853年4月18日、故郷アラバマ州の自領で息を引き取りました。
この空白が持つ歴史的意義
キングは、在任中に死去した史上初の副大統領となりました。当時の憲法には副大統領が欠けた場合の補充手続きが定められていなかったため、次の副大統領が誕生するのは1857年、ジェームズ・ブキャナン(James Buchanan)政権下でジョン・C・ブレッキンリジ(John C. Breckinridge)が就任したときのことでした。副大統領の欠員を埋める明確な制度が確立されたのは、1967年に批准された憲法修正第25条以降であり、1850年代のこの空白期は、そうした制度の必要性を示す歴史的事例として語り継がれています。