ウィリアム・テカムセ・シャーマンは、アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)における北軍の名将です。彼は「焦土作戦」と呼ばれる軍事戦略を採用し、南部のインフラを意図的に破壊することで南軍の戦争遂行能力を削ぎ、戦争の早期終結を目指しました。
なぜシャーマンは鉄道を標的にしたのか
当時の南部連合にとって、鉄道は兵員や武器弾薬、食料を前線へ運ぶ生命線でした。シャーマンは、この輸送網を断ち切れば南軍の補給が途絶え、組織的な抵抗が不可能になると考えました。そのため、鉄道は彼の破壊対象の中でも最優先とされたのです。
「海への進軍」――600マイルの破壊行進
シャーマンの名を最も有名にしたのが、1864年の「海への進軍(March to the Sea)」です。同年9月にアトランタを攻略した後、シャーマンは約60,000人の兵力を率い、ジョージア州を横断して大西洋岸のサバナまで約600マイル(約965キロメートル)を行軍しました。
この行軍の途中、北軍の部隊は鉄道や橋梁、工場、倉庫など、南軍の戦争遂行に寄与するあらゆる施設を体系的に破壊していきました。特に鉄道に関しては、レールを線路の枕木ごと加熱してねじり曲げるという手法が用いられました。このようにして使えなくなったレールは、その形状から「シャーマンのネクタイ」と呼ばれたと言われています。
賛否を呼んだ戦略とその結果
シャーマンの方針は、民間人をも巻き込む広範な破壊をもたらしたため、当時から現在に至るまで大きな議論の的となっています。一方で、この作戦は南部連合の交通網と経済基盤を効果的に弱体化させ、南軍の士気を崩壊させることに成功しました。
結果として、シャーマンの焦土作戦は南北戦争における北軍の勝利に大きく貢献し、近代戦争において「敵の経済力とインフラこそ攻撃目標になりうる」という新たな戦争観を示すものとなりました。