1778年、戦場は南部へ――独立戦争の大きな転機
1778年、アメリカ独立戦争は決定的な転換点を迎えました。北部での戦況が膠着状態に陥ったイギリス軍は、王党派(ロイヤリスト)の支持が強いと考えた南部植民地へ主力を移す「南方戦略」を本格化させます。その最初の標的となったのが、ジョージア植民地でした。
サバンナ陥落(1778年12月29日)
1778年12月29日、アーチボルド・キャンベル中佐率いるイギリス軍部隊がジョージアに上陸・侵入し、同州最大の港湾都市サバンナをほとんど流血なしで占領しました。防衛に当たったアメリカ軍と民兵は十分な備えができておらず、組織的な抵抗もままならないまま、重要拠点があっけなく敵の手に落ちたのです。
サンバリーの占領
サバンナ陥落の直後には、オーガスティン・プレボスト将軍指揮下のイギリス軍が、ジョージア沿岸の町サンバリーをも攻略しました。これによりイギリス軍はジョージアの主要な都市と港を掌握し、同州を実効的に支配下に置くことに成功します。
この一連の出来事が意味したもの
サバンナとサンバリーの相次ぐ陥落は、独立戦争が南部で本格的に激化する序章でした。イギリス軍はジョージアを足掛かりとしてさらなる北上を狙い、やがて1780年のチャールストン陥落へとつながっていきます。1778年のジョージア侵攻は、「戦争の主舞台が南部へ移る」という歴史の分水嶺を示す出来事だったのです。