南アメリカの歴史

サウスカロライナ州の即時脱退を引き起こした出来事とは?

サウスカロライナ州の即時脱退のきっかけ

サウスカロライナ州がアメリカ合衆国から即時に脱退する直接の引き金となったのは、1860年11月に実施された大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことでした。

リンカーンは奴隷制の拡大に反対する共和党の候補者であり、その勝利は南部の人々にとって、奴隷制という経済的・社会的基盤および州の権利に対する重大な脅威と受け取られました。当時の南部では、リンカーン政権の下では奴隷制が段階的に廃止へ向かうのではないかという懸念が急速に広まっていったのです。

脱退条例の採択

リンカーンの当選を受けて、サウスカロライナ州議会は1860年12月20日に「脱退条例(Ordinance of Secession)」を採択し、合衆国からの離脱を正式に宣言しました。これにより、サウスカロライナ州は南北戦争前に合衆国を離脱した最初の州となりました。

この動きは他の南部諸州にも波及し、ミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州などが相次いで連邦からの脱退を決断していきました。

南北戦争への道

サウスカロライナ州の脱退は、一連の分離独立プロセスの始まりを象徴する出来事であり、南部諸州によるアメリカ連合国の結成へとつながりました。そして1861年、チャールストン港のサムター要塞での戦闘を発端として南北戦争が勃発し、アメリカ史における最大の国内紛争が幕を開けることとなったのです。