メイフラワー号の乗客は本当に絶望していたのか?
「メイフラワー号の乗客は、アメリカに到着できることに絶望していたのではないか」という疑問を目にすることがあります。しかし、歴史的な記録を丁寧に調べると、乗客たちが到着を諦めたり絶望したりしたことを示す証拠は一切存在しないことがわかります。
1620年、過酷な大西洋横断の旅
メイフラワー号は1620年9月、イングランドのプリマス港を出航し、約66日間に及ぶ航海の末、同年11月に北米大陸(現在のマサチューセッツ州ケープコッド付近)に到着しました。乗船していたのは、宗教的自由を求める分離派(いわゆるピルグリム・ファーザーズ)と、契約によって渡航した人々を合わせて100名以上です。
航海中には激しい嵐に見舞われ、船体の主要な梁に亀裂が入る事故も発生しました。また、乗客の一人ジョン・ハウランドは巨大な波にさらわれて海へ投げ出されましたが、奇跡的に救助されています。こうした深刻な危機は確かにあったものの、乗客たちは最後まで目的地への到着を信じ続けていたと考えられます。
当時の記録が物語ること
ピルグリムの指導者ウィリアム・ブラッドフォードが残した記録『プリマス植民地』には、航海中の苦難が詳細に書き留められています。しかし、その中に「到着できないのではないか」という絶望の描写は一切なく、むしろ困難に耐えながら新天地を目指す人々の姿が生き生きと描かれています。
なお、当初の目的地はバージニア植民地でしたが、暴風のため航路が大きくずれ、結果的にニューイングランド地方に上陸することになりました。これは「絶望して到着を諦めた」ためではなく、あくまで天候による予定変更だったのです。
まとめ
メイフラワー号の乗客たちがアメリカへの到着を絶望したという史実は確認できません。嵐や病気など数多くの困難はあったものの、彼らは希望を持ち続け、ついに新大陸へ足を踏み入れました。この不屈の精神は、ピルグリム・ファーザーズの物語として今日まで語り継がれています。