20世紀における女性の賃金は、時代や国、職業、産業によって大きく異なっていました。ジェンダー平等に向けた進展が見られたものの、男女間の賃金格差(ジェンダーギャップ)は20世紀を通じて解消されることはありませんでした。ここでは、時代ごとの女性の賃金の変遷について詳しく見ていきます。
1. 20世紀初頭(1900年代〜)
1900年代初頭、同じ仕事をしても女性の賃金は男性よりはるかに低く設定されていました。女性の収入はあくまで「家計の補助」とみなされ、女性の本分は家庭内にあるという社会的な考え方が根強かったのです。
アメリカでは、女性の平均賃金は男性の約50〜60%にとどまっていました。これは単なる差別だけでなく、「女性は結婚すれば退職する」「扶養家族を持たない」という前提が雇用慣行に組み込まれていたことも一因です。
2. 二度の世界大戦期
第一次・第二次世界大戦中、戦地へ赴いた男性の代わりとして、多くの女性が労働力として社会に参入しました。工場労働をはじめ、それまで男性中心とされてきた職種に女性が進出し、賃金面でも一定の向上が見られました。
しかし、戦争が終わると多くの女性は職場を追われ、賃金格差や差別的な扱いは依然として深刻な問題として残りました。有名な「ロージー・ザ・リベッター」のような戦時中の女性労働者の活躍は、後の女性の社会進出の礎となった点で重要です。
3. 戦後期(1950年代〜1960年代)
戦後のアメリカでは郊外化(サバービア化)が進み、女性の労働力参加率は一時的に低下しました。多くの女性が家庭に戻り、働き続けた女性たちも、事務職や販売職など限られた職種で低賃金に甘んじることが多かったのです。
この時期、男女間の賃金格差はむしろ拡大し、アメリカでは女性の賃金は男性のわずか35〜40%程度まで落ち込みました。20世紀の中でも最も格差が大きかった時代の一つと言えます。
4. 公民権運動と「同一労働同一賃金法」
1960年代、公民権運動の高まりとともに、賃金における性差別への批判が強まりました。転機となったのが、1963年にアメリカで成立した同一賃金法(Equal Pay Act)です。この法律は、性別を理由とした賃金差別を禁止しました。
しかし、法律の制定後も賃金格差はすぐには解消されませんでした。「同一労働」の認定が厳しかったことや、執行体制が不十分だったことなどが背景にありました。それでも、この法制化はその後の女性の権利拡大運動にとって重要な足がかりとなりました。
5. 1970年代〜1980年代
ウーマンリブ運動をはじめとするフェミニズム運動の活発化により、職場での性差別に対する意識が高まり、賃金格差の縮小に向けた一定の進展が見られました。
この時期から、女性たちは科学・技術・工学・数学(STEM)といった、それまで男性が支配的だった分野へも進出するようになりました。1972年の教育修正第9条(タイトルIX)など、女性の教育・スポーツ・雇用機会を保障する制度も整備されていきます。
とはいえ、アメリカでは女性の賃金は男性の75〜80%程度であり、格差は依然として大きな課題として残りました。
6. 1990年代以降
20世紀末にかけて、男女間の賃金格差はさらに縮小傾向を見せましたが、完全に解消されたわけではありませんでした。
格差が残存した主な要因としては、以下が挙げられます。
- 職業別の分離(オキュペーショナル・セグリゲーション): 女性が低賃金職種に集中しやすい構造
- 昇進機会の不平等: 管理職への登用における「ガラスの天井」
- 女性が多い職業の過小評価: 保育、介護、教育などの職種の賃金水準の低さ
- 明示的・暗黙的な差別: 採用や評価におけるバイアス
現在に至るまで、世界のほとんどの国で女性の賃金は男性を下回っており、賃金格差の是正は世界的な課題であり続けています。
まとめ:賃金格差を形作った要因
20世紀の女性の賃金の歴史は、社会の変革とともに少しずつ前進してきた道のりでした。賃金格差には、学歴、職業、産業、勤続年数、交渉力、そして性別役割分担に対する社会的な態度など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
また、賃金水準は国や地域によっても大きく異なります。20世紀に蓄積された知見は、現代におけるダイバーシティ推進や賃金格差是正政策を考える上で、今なお貴重な教訓を与えてくれています。