南アメリカの歴史

プリマス植民地には独自の旗はあったのか?当時使われていた旗の歴史を解説

プリマス植民地に「公式の旗」は存在したのか

結論から言うと、プリマス植民地には独自の公式な旗は存在しませんでした。1620年にメイフラワー号で新大陸へ渡ったピルグリム・ファーザーズたちによって建設されたこの植民地では、固有の旗章を作ることはなく、宗主国であるイングランドの旗を使用していました。

植民者たちが使用していたのは「ユニオン・フラッグ」

当時のプリマス植民者が掲げていたのは、イングランドの旗、すなわちユニオン・フラッグ(ユニオンジャックの原型)です。ただし、現代のユニオンジャックとは少し異なる点に注意が必要です。

1606年に制定されたこの旗は、イングランドの聖ゲオルギウス十字(赤地に白縁の赤十字)と、スコットランドの聖アンドリュース十字(青地に白の斜め十字)を重ね合わせたデザインでした。現在のユニオンジャックに含まれるアイルランドの聖パトリックス十字(赤の斜め十字)は、1801年のグレートブリテン及びアイルランド連合王国成立時に加えられたものであり、17世紀初頭の植民者たちが目にしていた旗には含まれていなかったのです。

1629年、管轄の変化とともに旗の役割も終焉へ

プリマス植民地がイングランドの旗を掲げ続けたのは、1629年にマサチューセッツ湾会社(後のマサチューセッツ湾植民地)が設立され、その管轄下に入るまでの期間でした。それ以降、プリマスは政治的にも行政的にも新たな体制の中に組み込まれていき、独立した旗を掲げる必要性はさらに薄れていきました。

やがて1691年には、プリマス植民地は正式にマサチューセッツ湾植民地へ併合され、約70年間続いた歴史に幕を下ろします。こうした経緯から、プリマス植民地が独自のシンボルとしての旗を持つことは、最後までありませんでした。

まとめ

  • プリマス植民地には独自の公式旗はなかった
  • 植民者はイングランドのユニオン・フラッグ(1606年版)を使用していた
  • 当時の旗は現在と違い、アイルランド要素を含まないデザインだった
  • 1629年のマサチューセッツ湾会社設立以降、その管轄下へ移行した