南アメリカの歴史

トーマス・フッカーはジョン・ウィンスロップの指導に反対し、マサチューセッツ湾植民地を去ったのか?

答え:正解です

トーマス・フッカー(Thomas Hooker)は、マサチューセッツ湾植民地におけるジョン・ウィンスロップの指導体制に疑問を抱いていたピューリタンの牧師でした。フッカーは植民地の統治がより民主的なものであるべきだと考えており、さらに教会と国家(政府)を分離すべきだという、いわゆる「政教分離」の理念を強く主張していました。

マサチューセッツ湾植民地からの離脱

1636年、フッカーは自身の信者たち約100人とともにマサチューセッツ湾植民地を去りました。この移住の背景には、ウィンスロップ率いる指導部がごく一部の人々にしか投票権を与えず、権力が一部に集中していることへの不満がありました。フッカーは、より多くの人々が政治に参加できる開かれた社会の実現を目指していたのです。

コネチカット植民地の創設

フッカーとその一行は長い旅の末に現在のコネチカット州ハートフォード周辺へたどり着き、そこでコネチカット植民地を創設しました。この新しい植民地では、1639年に「コネチカット基本法(Fundamental Orders)」が採択されました。これは世界初の成文憲法のひとつとされており、後のアメリカ合衆国の民主主義の発展において重要な意味を持つものとなりました。