1764年にイギリスが制定した砂糖法は、北米植民地に課された税法の一つであり、後のアメリカ独立革命へとつながる重要な転換点となりました。この法律をめぐり、賛否両派から数々の歴史的人物が登場しました。ここでは、砂糖法の時代に関わった主要な人物を紹介します。
マサチューセッツ植民地の要人たち
トマス・ハッチンソン(Thomas Hutchinson)
マサチューセッツ湾植民地の総督。イギリス本国に忠実な王党派として、砂糖法やその後の諸税法の執行に尽力しましたが、その姿勢は愛国派から激しい反発を受けました。
アンドリュー・オリバー(Andrew Oliver)
マサチューセッツ植民地の書記官。イギリスの税制執行の先頭に立った一人であり、植民地の急進派との対立の象徴的な存在となりました。
ジェームズ・オーティス(James Otis)
マサチューセッツの司法長官を務めた弁護士。「代表なくして課税なし」の思想を提唱し、植民地の権利擁護運動の先駆者として知られています。
独立運動の担い手たち
サミュエル・アダムズ(Samuel Adams)
ボストンの秘密結社「自由の息子たち」の指導者。砂糖法をはじめとするイギリスの税制に強く反対し、独立革命の思想的・組織的支柱となりました。
ジョン・ハンコック(John Hancock)
ボストン屈指の富裕商人で、後にマサチューセッツ州知事を務めます。貿易への課税強化は彼の事業に直結する問題であり、愛国派の有力な支援者となりました。
ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)
ロンドンにおけるマサチューセッツ議会の代理人として、植民地側の立場をイギリス本国に伝える重要な役割を担いました。
バージニアから立ち上がる指導者たち
リチャード・ヘンリー・リー(Richard Henry Lee)
バージニア出身の弁護士で、後に大陸会議の代表を務め、独立決議の提案にも関わりました。
パトリック・ヘンリー(Patrick Henry)
弁護士であり、後にバージニア州知事を務めた雄弁家。「自由か、さもなくば死を」の演説で名高い、独立運動の中心的な人物です。
ジョージ・ワシントン(George Washington)
後にアメリカ合衆国初代大統領となる人物。砂糖法以降のイギリスの強硬な政策への抵抗が、最終的に独立戦争へと発展していきました。