ジュニペロ・セラは1769年、スペイン人探検家ガスパル・デ・ポルトラ率いる「ポルトラ遠征隊」に随行し、カリフォルニアへ渡りました。彼の最大の目的は、カリフォルニア沿岸に一連の伝道所(ミッション)を建設し、先住民へのカトリック布教を行うと同時に、この地域におけるスペインの領有権を確固たるものにすることでした。ここでは、セラがこの困難な旅に踏み出した主な理由を詳しく見ていきます。
1. 宗教的使命
セラはフランシスコ会の修道士であり、揺るぎない宗教的信念を持っていました。キリスト教を広め、非キリスト教徒を改宗させることが自らの使命であると信じていたのです。彼はカリフォルニアの先住民を将来の信徒とみなし、カトリックの教えを伝えるための伝道所設立に強い決意を抱いていました。
2. スペイン帝国の拡大
当時のスペイン政府は、南北アメリカにおける自国の領土拡大を強く望んでいました。特に、イギリスやロシアといった他のヨーロッパ列強が北太平洋岸への進出を進めていたことが大きな懸念材料でした。セラによる伝道所建設の活動は、カリフォルニアにおけるスペインの領有権を強化し、他国の足掛かりを防ぐという国家戦略の一環だったのです。
3. 探検と発見
ポルトラ遠征は、探検と発見の旅でもありました。セラはポルトラや遠征隊の他のメンバーとともに、カリフォルニアの地理、資源、先住民族についてより深く知ろうとしました。伝道所を設立して恒久的な入植地を築き、その後のスペインによるさらなる探検と植民地化を促進することを目指していたのです。
4. 文化交流の場として
セラの旅は、スペイン人宣教師と先住民コミュニティとの文化交流の場をも生み出しました。伝道所は文化の交差点となり、先住民はスペインの文化や言語、宗教の一部を受け入れ、一方で宣教師たちも先住民文化の要素を学び、自らの活動に取り入れていきました。
5. カリフォルニア・ミッション制度の礎
セラがカリフォルニアに伝道所を設立した取り組みは、後の「カリフォルニア・ミッション制度」創設の基盤となりました。これらの伝道所は地域の歴史において重要な役割を果たし、文化的・宗教的・建築的な景観を形作りました。伝道所の設立は先住民に対して良くも悪くも多大な影響を与え、今日でも歴史的な検証と議論の対象となり続けています。
まとめ
1769年のジュニペロ・セラのカリフォルニア渡航は、熱心な宗教的情熱、スペインの領土的野心、探検の精神、そして文化交流への思いによって推し進められたものでした。彼の貢献は、カリフォルニアの歴史と発展に消えることのない足跡を残したのです。