南北戦争終結後のレコンストラクション期(再建期、1865年〜1877年)には、アメリカ南部社会が大きく変革されようとしていました。しかし、その変化の中で、解放された黒人奴隷(フリードマン)と貧しい白人の双方が、厳しい現実に直面することになりました。ここでは、それぞれの生活実態を詳しく見ていきます。
解放奴隷(フリードマン)の生活実態
奴隷制から解放された黒人たちは「自由」を手にしたものの、その自由は名ばかりのものであることが少なくありませんでした。
差別と暴力の脅威
解放奴隷たちは、白人からの深刻な差別や暴力に日常的にさらされていました。クー・クラックス・クラン(KKK)などの白人至上主義団体による襲撃やリンチも横行し、生命の安全すら脅かされる状況でした。
小作制度による経済的束縛
多くの解放奴隷は、土地を持たないため小作人(シェアクロッパー)や借地農民として働くしかありませんでした。収穫の一部を地主に納めるこの制度の下では、道具や種代などを借り入れることが常態化し、負債は雪だるま式に膨らみました。結果として、事実上の経済的な隷属状態から抜け出せない人々が続出しました。
教育と機会へのアクセス不足
貧困の中で暮らす解放奴隷にとって、教育を受ける機会は極めて限られていました。学校の設立は進んだものの、資金不足や白人の妨害により、質の高い教育への道は閉ざされがちでした。
政治的権利の剥奪
憲法修正第15条により投票権が保障されたものの、人頭税や識字テスト、グランドファーザー条項といった様々な手段が用いられ、実際には投票権や公職に就く権利を否定されるケースが多発しました。
貧しい白人の置かれた状況
一方、南部の貧しい白人たちもまた、決して楽な立場ではありませんでした。
階層的な差別の存在
貧しい白人は、富裕な白人から差別的な扱いを受けることもありました。ただし、その程度は解放奴隷が受けた差別よりはるかに軽いものでした。
解放奴隷との競合
仕事や土地などの資源をめぐって、彼らは解放奴隷と直接競合する関係にありました。労働市場での競争は、両者の間に緊張をもたらしました。
恨みと責任転嫁
多くの貧しい白人は、かつて自分たちより下の地位にあったと考えていた黒人が「平等な立場」を得たことに強い不満を抱きました。そして、自らの経済的苦境の責任を解放奴隷に押し付けることで、その不満を解消しようとしたのです。
権利抑圧の道具としての利用
こうした不満は、上層の白人たちに巧みに利用されることになりました。貧しい白人は、解放奴隷の政治的権利を抑圧するための手段として動員されたり、暴力的な組織に加担させられたりすることもあったのです。
まとめ
レコンストラクション期において、解放奴隷と貧しい白人はそれぞれ異なる形で苦難を経験しました。解放奴隷は制度的な差別と暴力、経済的束縛に苦しみ、貧しい白人は経済的競争と不満の中で揺れ動きました。この二つの集団の対立構造は、後に南部社会の人種問題として長く尾を引くことになります。