南アメリカの歴史

第二次世界大戦後の米国通商政策の変化とは?GATTからWTO・NAFTAまでの歴史を解説

第二次世界大戦後、米国の通商政策は大きく転換し、より自由化された多国間主義的なアプローチへと移行しました。この変化は、戦争から得られた教訓や、世界経済の回復と安定を促進したいという思いなど、複数の要因によって推進されました。本記事では、第二次世界大戦後における米国通商政策の主な転換点をわかりやすく解説します。

1. 関税と貿易に関する一般協定(GATT)

米国は、加盟国間の関税引き下げと自由貿易の促進を目的とした国際協定「GATT(関税と貿易に関する一般協定)」の設立において主導的な役割を果たしました。GATTは1947年に調印され、さらなる関税引き下げ交渉や貿易問題における国際協力のための重要な枠組みを提供しました。

2. 1962年通商拡大法

この法律により、米国大統領は他国との貿易協定を交渉する権限を与えられ、議会の承認を必要とせずに最大50%まで関税を引き下げることが可能になりました。また、通商政策に関する勧告や助言を行うための諮問委員会も設置され、貿易政策の立案体制が整備されました。

3. ケネディ・ラウンド

ケネディ・ラウンドは、1963年から1967年にかけてGATTの枠組みで実施された一連の多角的貿易交渉です。その結果、大幅な関税引き下げが実現し、参加国間の貿易が一段と自由化されました。

4. 東京ラウンド

1973年から1979年にかけて、GATTの下で「東京ラウンド」と呼ばれる多角的貿易交渉が行われました。この交渉では、さらなる関税引き下げに加えて、数量制限や技術基準といった非関税障壁への対処が主要なテーマとなりました。

5. ウルグアイ・ラウンド

ウルグアイ・ラウンドは、1986年から1994年にかけて行われたGATT交渉の第8回目であり、最も包括的なラウンドでした。この交渉の成果として、1995年に世界貿易機関(WTO)が設立され、GATTに取って代わる形で多角的貿易体制がさらに強化されました。

6. 北米自由貿易協定(NAFTA)

米国は1992年にカナダおよびメキシコとの間で貿易協定を締結し、NAFTA(北米自由貿易協定)を発足させました。これにより、3カ国間のほとんどの関税と貿易障壁が撤廃され、地域経済の統合が大きく前進しました。

まとめ

第二次世界大戦後、米国の通商政策は、国内外の経済成長と安定の促進を目指して、より開放的で多国間協力を重視する方向へと大きく舵を切りました。GATTの設立からWTOの発足、そしてNAFTAの締結に至るまでの一連の取り組みは、今日のグローバル経済の基盤を形作る重要な歴史的歩みといえます。