南アメリカの歴史

チャタヌーガ方面作戦の成果として「当てはまらない」ものはどれ?

問題

南北戦争におけるチャタヌーガ方面作戦の成果として、当てはまらないものは次のうちどれでしょうか?

  • 北軍がチャタヌーガ市を掌握し、南軍を二分した
  • ジェファーソン・デイヴィスが捕虜になった
  • 南軍がテネシー州の支配権を失った
  • チカマウガの戦いで北軍が敗北した

正解

正解は「ジェファーソン・デイヴィスが捕虜になった」です。

各選択肢の解説

北軍によるチャタヌーガの確保と南軍の分断 ― 成果である

1863年11月のチャタヌーガの戦いで北軍(ユニオン軍)は決定的な勝利を収め、鉄道の要衝であるチャタヌーガ市を確保しました。これにより南軍(コンフェデラシー)の支配地域は東西に分断され、戦局は北軍に大きく傾くことになりました。

テネシー州からの南軍撤退 ― 成果である

この作戦の結果、南軍はテネシー州における実効的な支配力を失いました。チャタヌーガは「南部への玄関口」と呼ばれる重要拠点であり、その喪失は南軍にとって大きな打撃となりました。

チカマウガの戦いでの北軍の敗北 ― 作戦の成果ではない

チカマウガの戦い(1863年9月)は、チャタヌーガ方面作戦に先立つ出来事でした。この戦いで北軍は敗北し、逆にチャタヌーガで包囲される危機に陥ります。つまりこれは作戦の成果ではなく、むしろ作戦につながった前段階の出来事です。

ジェファーソン・デイヴィスの捕縛 ― 当てはまらない

南軍大統領ジェファーソン・デイヴィスが捕らえられたのは、1865年5月、ジョージア州アーヴィンヴィル(現在のアーヴィンズビル)においてでした。これは南北戦争終結直後の出来事であり、チャタヌーガ方面作戦とは時期も場所もまったく関係ありません。

まとめ

チャタヌーガ方面作戦は、北軍によるチャタヌーガ確保、南軍の分断、テネシー州からの南軍駆逐といった重要な成果をもたらしました。一方、「ジェファーソン・デイヴィスの捕縛」は約1年半後に別の場所で起きた出来事であり、この作戦の成果には含まれません。