ジョン・C・カルフーン(John C. Calhoun)は、奴隷制の最も強力な擁護者の一人でした。南北戦争前のアメリカ南部で最も影響力のある政治家として、彼は奴隷制が「自然的」であり「必要」であり、奴隷にも国家全体にとっても「有益」であると確信していました。本記事では、カルフーンが展開した三大論拠と、それが後の歴史にどのような影響を与えたのかを解説します。
1. 奴隷制は「自然な制度」であるという主張
カルフーンは、奴隷制は人類の歴史の始まりから存在してきた普遍的な制度であり、したがって自然な社会秩序の一部だと主張しました。
さらに彼は、人種間には知的能力や身体的な能力に優劣があると考え、白人が黒人より優れた人種であり、黒人は生まれながらにして奉仕的な労働に適していると信じていました。このような人種差別的な世界観こそが、彼の奴隷制擁護論の根底にありました。
2. 奴隷制は「必要不可欠」であるという主張
次にカルフーンは、経済的な観点から奴隷制を正当化しました。当時の南部経済は綿花やタバコなどの農業に大きく依存しており、その基盤となっていたのが奴隷労働力でした。
彼にとって奴隷制とは、南部の農業経済に安定した効率的な労働力を供給する仕組みでした。奴隷制なしには南部経済は成立し得ず、廃止へのいかなる試みも経済的破滅をもたらすと、彼は固く信じていたのです。
3. 奴隷制は奴隷にも「有益」であるという主張
最も特異なのが、この第三の論点です。カルフーンは、奴隷制は奴隷主だけでなく奴隷自身にも利益をもたらすと主張しました。
彼の言い分によれば、奴隷制は黒人に住居・食料・衣類を提供し、「自由」がもたらすであろう危険や困窮から彼らを守る保護装置だったというのです。さらに、奴隷生活を通じて規律や道徳が身につき、最終的な自由への準備になるとまで述べています。これは現代の視点から見れば、搾取の実態を覆い隠すための都合の良い理屈にすぎません。
歴史が下した評価
もちろん、カルフーンの奴隷制擁護論は当時から大きな論争を呼び、最終的には大多数のアメリカ国民によって否定されました。奴隷制をめぐる対立は南北戦争(1861年〜1865年)の主要な原因の一つとなり、戦争の結果として奴隷制は廃止されることになります。
今日、カルフーンの主張は人種差別を正当化する思想の歴史的な例として記憶されており、アメリカ史における奴隷制の悲劇と、それを支えたイデオロギーを理解する上で重要な教材となっています。