1846年から1848年までのわずか2年間のうちに、アメリカ合衆国は歴史上まれに見る規模の領土拡大を成し遂げました。その背景には、戦争と外交交渉という二つの大きな出来事が関わっています。
米墨戦争による領土獲得
最大の要因となったのは、米墨戦争(1846〜1848年)です。この戦争でアメリカが勝利した結果、メキシコから広大な領土を獲得することになりました。その範囲は現在のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州の全域と、コロラド州およびワイオミング州の一部に及びます。
グアダルーペ・イダルゴ条約
米墨戦争を正式に終結させたのが、グアダルーペ・イダルゴ条約(1848年)です。この条約により、上記の領土はメキシコからアメリカへ正式に割譲されました。アメリカはメキシコに対して約1,500万ドルの賠償金を支払うことで、これらの地域の主権を確定させたのです。
オレゴン条約による北西部の確保
さらに同年の1846年には、イギリスとの間でオレゴン条約が締結されました。この条約によって、太平洋岸北西部に位置するオレゴン準州がアメリカ側に帰属することになり、同時に北緯49度線がアメリカとカナダ(当時はイギリス領)の国境として確定しました。これにより、現在のワシントン州やオレゴン州、アイダホ州の一部などがアメリカ領となりました。
まとめ
このように、1846〜1848年の間にアメリカは「戦争による勝利」と「平和的な外交交渉」を組み合わせることで、国土を一気に太平洋岸まで拡大しました。この時期の領土拡張は、後に「マニフェスト・デスティニー(明白な天命)」と呼ばれる国家理念とも深く結びついており、アメリカが大陸国家としての基盤を固める決定的な転換点となったのです。