キューバ危機におけるソ連の核ミサイル配備
1962年10月に発生したキューバ危機(ミサイル危機)は、冷戦期における米ソ対立が最も緊迫した瞬間の一つとして知られています。この危機の発端となったのは、ソ連がキューバ国内へ核ミサイルを秘密裏に配備しようとしたことでした。
当時、ソ連はキューバに対して準中距離弾道ミサイル(IRBM)および中距離弾道ミサイル(MRBM)を輸送・配備しました。推定では、最大42基のミサイルがこの島に持ち込まれたとされています。
配備された主なミサイルの種類
R-12(SS-4 サンダル):射程約2,000kmの中距離弾道ミサイル。キューバから米国東部の主要都市を射程内に収められる性能を持ちました。
R-14(SS-5 スケーン):射程約4,500kmの準中距離弾道ミサイル。より遠方まで攻撃可能で、米国本土の広範囲をカバーする能力を有していました。
配備の規模と歴史的意義
これらの核ミサイルは、アメリカ本土への核攻撃能力を大幅に強化するものであり、米国にとって重大な脅威となりました。1962年10月、米軍の偵察機がミサイル建設現場を撮影したことで事態が表面化し、ジョン・F・ケネディ大統領はキューバ周辺の海上封鎖(検疫)を実施します。
13日間にわたる緊張状態の末、ニキータ・フルシチョフ第一書記率いるソ連とケネディ政権は合意に達し、ソ連はミサイルの撤去を受け入れました。この危機を教訓として、米ソ間には首脳直通電話(ホットライン)が設置されるなど、核戦争を回避するための外交的枠組みが整えられることとなりました。