ジム・クロウ法はジョージア州だけの法律ではない
よくある誤解ですが、ジム・クロウ法はジョージア州だけで制定された法律ではありません。南北戦争後の復興期(レコンストラクション)が終了した後、19世紀後半から1960年代半ばにかけて、アメリカ合衆国南部の多くの州で次々と制定されました。
ジョージア州もその一つでしたが、同様の法律はアラバマ州、ミシシッピ州、サウスカロライナ州など、南部全域に広がっていました。
「分離すれども平等」の名の下にある事実上の差別
ジム・クロウ法とは、学校、公共交通機関、飲食店、公園、トイレなどあらゆる公共の場において、黒人と白人を分離することを合法化した法令群の総称です。
表向きは「分離すれども平等(separate but equal)」という原則が掲げられていましたが、実際には黒人向けの施設は劣悪なものであり、制度として組み込まれた事実上の人種差別でした。
20世紀に最も顕著になり、現代まで影が残る
ジム・クロウ体制は20世紀に最も顕著な形で機能し、南部社会のあらゆる場面に浸透していました。
しかし、公民権運動の高まりにより、1964年の公民権法(Civil Rights Act)および1965年の投票権法(Voting Rights Act)が成立すると、法的な人種隔離は廃止への道をたどります。
それでも、こうした法律が数十年にわたり築き上げた社会的・経済的な格差や慣習的な差別は、現代のアメリカ社会にも長く影を落とし続けています。