南アメリカの歴史

植民地時代のアメリカに裕福な人は多かったのか?社会の実態を解説

植民地の住民の大多数は裕福ではなかった

結論から言えば、植民地(特に北米のイギリス植民地)に住んでいた人々の大多数は裕福ではありませんでした。むしろ、その多くは年季奉公人や奴隷として過酷な労働を強いられていたのです。

年季奉公人とは

年季奉公人(indentured servants)とは、移住のための渡航費や生活費を払う代わりに、一定期間(通常4年から7年ほど)無償で働くことを約束した人々です。彼らは貧しい農民や労働者階級の出身者が多く、契約期間中は厳しい監督のもとで農園などで働かされました。契約が終われば自由になることもありましたが、それまでの生活は決して楽なものではありませんでした。

奴隷として連れてこられた人々

特に南部植民地では、タバコや綿花などのプランテーション経営のために、アフリカから強制的に連れてこられた奴隷たちが大量の労働力として使われていました。彼らは自由を奪われ、財産を持つことすら許されず、世代を超えて搾取され続けました。

ごく一部だった富裕層

一方、大きな農園を所有するプランター class や、交易で成功した商人などの富裕層も存在しましたが、彼らが人口全体に占める割合はごくわずかでした。植民地社会はピラミッド型の構造をしており、頂点に少数のエリート、その下に自作農や職人といった中間層、そして底辺に年季奉公人や奴隷という大多数が位置していたのです。

つまり、「裕福な人がたくさん住んでいた」というイメージは誤りであり、実際の植民地社会は貧困と不平等に満ちたものだったと言えます。