ローザ・パークスと人種隔離の時代
1955年、アラバマ州モントゴメリー市のバスで白人乗客に席を譲ることを拒んだことから、公民権運動の象徴となったローザ・パークス。彼女が生きた時代のアメリカ、特に南部諸州では、「ジム・クロウ法」と呼ばれる一連の人種差別法律によって、黒人は日常生活のあらゆる場面で差別を受け、多くの公共の場所への立ち入りや利用を制限されていました。
ここでは、当時ローザ・パークスをはじめとする黒人たちが立ち入りを拒まれた、あるいは白人と厳格に分けられた主な場所をカテゴリ別にご紹介します。
公共交通機関
- バス(座席の指定・譲渡の強制)
- 地下鉄
- 列車
公共施設
- 公衆トイレ
- 公立図書館
- 公園や遊び場
- 公共プールやビーチ
教育機関
- 公立学校(黒人用と白人用に分離)
飲食・宿泊・娯楽施設
- レストランやランチカウンター
- 映画館
- ホテルやモーテル
医療機関
- 病院やその他の医療施設
市民的権利に関わる場所
- 投票ブース(投票権の制限)
- 陪審員席(陪審員として参加できない)
経済的・社会的機会
- 雇用機会(職種の制限)
- 住宅の選択肢(居住地域の分離)
団体・宗教施設
- 市民団体やクラブ
- 教会などの宗教施設
差別の実態とその後の変化
これらの場所では、単に「入れない」というだけでなく、仮に利用が許されても「白人専用」「黒人専用」と設備が完全に分けられ、黒人用の施設はしばしば劣悪な状態でした。
ローザ・パークスの抵抗をきっかけとしたモントゴメリー・バス・ボイコット(1955〜1956年)は、こうした不公正な制度に対する大規模な抗議の始まりとなりました。彼女の勇気ある行動は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師らとともに公民権運動を加速させ、1964年の公民権法成立により、公共の場における人種差別は法的に禁止されることとなったのです。