タイコンデロガ砦攻略の立役者たち
1775年4月19日、レキシントンとコンコードでの衝突によってアメリカ独立戦争が勃発すると、ベネディクト・アーノルドは間もなく行動を開始しました。彼と共にニューヨーク北部の要塞、タイコンデロガ砦の攻略を主導したのが、バーモント地方の民兵組織「グリーン・マウンテン・ボーイズ」の指揮官、イーサン・アレンです。
正規の権限に基づく作戦
この砦の占領は、単なる私的な襲撃ではありませんでした。両名はコネチカット植民地から与えられた正式な権限に基づいて行動していました。当時、タイコンデロガ砦にはイギリス軍の守備兵がわずかしかおらず、火薬や大砲などの軍需物資が大量に保管されていたため、新興の愛国派勢力にとって重要な攻略目標となっていたのです。
1775年5月10日の奇襲
1775年5月10日の早朝、アーノルドとアレンは部隊を率いて砦へ奇襲を仕掛けました。不意を突かれたイギリス側守備隊はほとんど抵抗できず、砦は事実上無血で陥落しました。この勝利により、愛国派は貴重な大砲と火薬を手に入れることになります。
攻略のその後の影響
獲得された大砲は、後にヘンリー・ノックスの指揮のもと雪の中を300キロ以上運ばれ、ボストン包囲戦で大きな威力を発揮しました。タイコンデロガ砦の攻略は、独立戦争における愛国派最初の重要な勝利の一つとして、歴史に名を刻んでいます。