ピッグス湾侵攻とは
ピッグス湾侵攻(プラヤ・ヒロン侵攻とも呼ばれます)は、1961年4月17日に中央情報局(CIA)が支援する準軍事組織「第2506旅団」によって実行された、キューバへの軍事侵攻作戦です。目的はフィデル・カストロ率いるキューバ政府の打倒でしたが、結果は完全な失敗に終わり、冷戦史における米国の重大な挫折として知られています。
作戦を承認したのはジョン・F・ケネディ大統領
この侵攻作戦を実行に移したのは、就任わずか3か月のジョン・F・ケネディ大統領です。計画自体は前政権であるアイゼンハワー政権時代にCIAが策定していましたが、最終的な実行決断を下したのはケネディでした。しかし作戦中の空爆規模の縮小などの判断も重なり、侵攻は頓挫。ケネディ政権にとって大きな外交的汚点となりました。
第2506旅団の構成
第2506旅団は、1959年のカストロ革命後にアメリカへ逃れた約1,400人のキューバ人亡命者で構成されていました。彼らはCIAによって徹底的に訓練され、武器や装備を供与されて、祖国奪還を掲げて侵攻作戦に参加しました。
侵攻の結果とその影響
上陸部隊は上陸後まもなくキューバ軍に包囲され、わずか3日足らずで壊滅しました。約100名が戦死し、1,200名以上が捕虜となる惨敗でした。この失敗によりキューバとソ連の結びつきはいっそう強まり、翌1962年のキューバミサイル危機につながる一因となったとされています。