アトランタ戦役(1864年5月〜9月)は、アメリカ南北戦争の帰趨を決めた重要な作戦の一つです。北軍(ユニオン軍)のウィリアム・T・シャーマン将軍が南部の鉄道・工業の要衝アトランタを目指して進軍し、南軍(アメリカ連合国軍)と激しい攻防を繰り広げました。最終的に北軍が同年9月2日にアトランタを占領し、この勝利はリンカーン大統領の再選にも大きく寄与しました。
北軍(ユニオン軍)の主な将軍
北軍側は、シャーマンがミシシッピ軍管区の総司令官として全軍を統括し、その配下に三つの野戦軍が編成されていました。
ウィリアム・T・シャーマン(William T. Sherman)
総司令官。ミシシッピ軍管区を指揮し、アトランタ攻略作戦全体を統括しました。
ジョージ・H・トーマス(George H. Thomas)
カンバーランド軍の司令官。「ロック・オブ・チカマウガ」の異名を持つ堅実な名将で、戦役の中核を担いました。
オリバー・O・ハワード(Oliver O. Howard)
テネシー軍の司令官。初代司令官ジェームズ・B・マクファーソンがアトランタの戦いで戦死した後、後任として指揮を引き継ぎました。
ジョン・M・スコフィールド(John M. Schofield)
オハイオ軍の司令官。シャーマンの右翼を担当し、機動的な作戦行動で貢献しました。
ジョセフ・フッカー(Joseph Hooker)
第20軍団の軍団長。カンバーランド軍に属し、複数の戦闘で活躍しました。
南軍(アメリカ連合国軍)の主な将軍
南軍側は当初ジョセフ・E・ジョンストン将軍がテネシー軍を指揮していましたが、1864年7月にジョン・ベル・フッド将軍に交代しました。以降、フッドが防衛の指揮を執ることになります。
ジョン・ベル・フッド(John B. Hood)
総司令官。ジョンストンの後任としてテネシー軍を指揮し、果敢な反撃に出ましたが、最終的にアトランタを放棄せざるを得ませんでした。
ベンジャミン・チーサム(Benjamin F. Cheatham)
テネシー軍の歩兵軍団長。アトランタの戦いなど主要な戦闘で部隊を指揮しました。
ウィリアム・J・ハーディー(William J. Hardee)
テネシー軍の歩兵軍団長。経験豊富な老練の指揮官で、防衛線の構築と後退作戦を担当しました。
サイモン・B・バックナー(Simon B. Buckner)
東テネシー方面から合流した部隊を率いて戦役に参加し、歩兵軍団の指揮を執りました。
ジョセフ・ウィーラー(Joseph Wheeler)
騎兵軍団長。北軍の補給線への襲撃や偵察任務で活躍した騎兵指揮官です。
まとめ
アトランタ戦役は、北軍ではシャーマンを頂点にトーマス、ハワード、スコフィールドら有能な指揮官たちが連携して進軍し、南軍ではフッドを中心にチーサム、ハーディー、バックナー、ウィーラーらが防衛に当たった対決でした。兵力と物資で優位に立った北軍が最終的に勝利し、南北戦争の大きな転換点となりました。